多くの患者を看取る中での決意。「病気の方の人生に寄り添う旅行医になる」
伊藤 玲哉さん
2019ファイナリスト 最優秀賞/トラベルドクター株式会社 代表取締役/医師
#TSG2019#男性#20代後半#会社員#医療福祉#会社を辞められない#家族の賛同が得られない#未経験の分野への挑戦#アイデア・構想・プラン段階Posted Date : 2024.03.26
お金を理由に自分のやりたいことを
投げ出したくなかった
個人のライフスタイルが多様化し、自分らしく生きるための選択肢は以前よりも広がりました。けれども病気を抱えている場合は、それも限られたものになってしまうのではないでしょうか。
トラベルドクター株式会社代表の伊藤玲哉さんは、「人生最後の旅行へ行きたい」という患者さんの願いをかなえようと起業し、自ら患者さんの旅行に付き添っています。医療現場の医師ではなく旅行医として患者さんに寄り添う道を選んだ伊藤さん。医師から起業家へ転向し会社を立ち上げてから3年の月日が流れましたが、その道のりは決して平坦なものではなかったそうです。それでも夢に向かって挑戦し続ける伊藤さんに、これまでのプロセスについてお話を伺いました。
医療現場の医師から「病気でも旅行したい」想いを叶える旅行医へ
展開している事業について教えてください。
トラベルドクターでは、『「医療×旅行」で、医療にもっと希望と感動を。』をコンセプトに、ご病気で諦めていた“旅行”を叶える事業を展開しています。自分の体調を心配するあまり、病と闘っている患者さんの中には、「旅行がしたいけれど諦めた」という方も少なくありません。そこで、トラベルドクターでは医療チームを結成し患者さんの旅行を全面的にサポートしています。具体的には、旅行のプラニングや交通手段の手配、医療器具の準備、宿泊先での介助などです。
事業を思いついたきっかけは?
医師として京都の病院に勤めていた時に、担当していた患者さんの「旅行に行きたいんだよね」という言葉がきっかけでした。その方は病院で亡くなられましたが、病気も治せないうえに、その人の願いもかなえられない自分に無力さを感じました。
病気を治すことだけが医療の目的になると、治すためだけに頑張れと言っても叶えられなかった時に、その方は生きる目的(生き方)を見失ってしまうでしょう。現代の医療では治らない病気もありますし、そういった治療よりも、「患者さんがどういう人生を送りたいのか」ということの方が大事に思えてきました。
ちょうど京都の鴨川を散歩している時に、「その方の生き方に寄り添うことも、医療の一つの在り方ではないだろうか。それなら旅行をしたい夢を叶える医師になろう」と思いついたんです。そこから一気に火が付きましたね。
実際にビジネスアイデアを形にするときに、最初に誰に伝えましたか?
最初に話したのは病院のスタッフです。自分のやりたい医療について、軽い感じで話したら、否定されたわけではないですが「また伊藤が変なこと言っているぞ」という感じで笑われました。
医師という立場を手放して起業準備に専念することに迷いはありませんでしたか?
確かに勇気のいることでしたが、自分のやりたい医療を提供できる場所が病院の中にないことは確信していましたし、外を探してもなかった。それなら自分が立ち上げようというふうに、とにかく自分の医療をやりたい気持ちが強くて迷いはありませんでしたね。
TSGに参加することで得られた数々の縁と仲間たち
TSGに参加したきっかけを教えてください。
東京の病院に勤務していた当時、出勤するJR山手線内の電車広告を見たことがきっかけでした。
伊藤さんにとって、TSGはどんな価値がありましたか? 起こった変化や気づきなどがあれば教えてください。
TSG2019で最優秀賞を受賞したことをきっかけに、応援してくださるたくさんの仲間を見つけることができました。TSGを通して、自分一人だけでは出会うことができなかった業界や業種、地域や国籍を超える数多くのご縁に恵まれました。
TSG2019で最優秀賞を受賞した模様は中京テレビのドキュメンタリーでも紹介されました
最初の400文字を書いた時から、事業アイデアはどう進化・深化していきましたか?
全く変わってないですね。この通りにやっているかなと思います。ただ、400文字には“人生最後の”と書いたのですが、実際は異なります。コンテストを意識して“人生最後の”というパワーワードを使ったのですが、私が当初から掲げているのは、「病気抱えた全ての人に対して旅行の夢を叶えること」です。その中には、最後に限らず、再出発の旅行もありますね。
●エントリー時の400文字
病気で旅行を諦めている人の「人生最期の旅行」を叶えます。 「もし、あと100日しか生きられないとしたら、あなたは最期にどこへ行きますか?」私は医師として、これまでに多くの患者さんのお看取りを経験しました。最期に残された大切な時間を「自分らしく」過ごすために、医療者として寄り添い続けることが使命です。 残された時間をどう過ごすかは、一人ひとりに特別な思いがあります。その選択肢の1つとして「人生最後の旅行へ行きたい」と考えている患者さんがとても多いことを医療現場で実感しました。しかしながら、医療面・時間面・心理面・システム面に多くの壁があることや、支援できる環境が整っていないために、実際に旅行へ行ける人は非常に限られています。 そこで「医療×旅行」の知識を持った医療者がサポートする「人生最期の願いを叶える、医師がつくる旅行会社」の設立を目指します。そして病気を抱えている全ての人が「安心・安全」に旅行ができる社会を実現します。
コロナ禍での会社設立を後押しした旅行医への想いと7つのステップ
会社を立ち上げたのは、ちょうど新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が流行した時期だったのですね?
はい。緊急事態宣言の真っ只中でした。特に打撃を受けたのが医療業界と旅行業界という、どちらも自分がかかわる分野でしたから、大きな壁を感じました。
このタイミングで医療と旅行の分野の会社を立ち上げたのはなぜですか?
コロナが明けてから開業した方がいいのでは、と考えたこともあったのですが、コロナ以前にも旅行に行けない患者さんはいたはずであり、やらない理由を追い求めていては、いつまでたっても旅行医にはなれない。いつかではなく、今やりたいと思いました。コロナは2、3年で落ち着くだろうとの見通しを立て、その間にできることをしようと考えたのもありますね。
コロナ禍が終わってどのように事業を進められましたか?
自分で考えた第7ステップで進めています。第1ステップは、知名度を上げることでした。「病気の人が旅行なんてできるの?」「そもそも行けるの?」といった通念を覆す活動ですね。ビジネスと言うよりもプロジェクトとして認知してもらうことを目的にクラウドファンディングで寄付を募り、その中でメディアにも取り上げもらいました。
第2ステップは、活動に価値を感じ対価を払ってくれる人を増やすことで、現在まさに取り組んでいるところです。コロナも落ち着き始めましたし、プロジェクトでやってきた中で実績も積めていたので、サービスとして料金をいただきながらできるようになってきています。今後は重症の方の移動手段や行き先を増やしていきたいと考えています。第3ステップは、旅行に同行するチームを東京だけでなく大阪や札幌などの地方都市に広めていく。第4ステップは、47都道府県にチームを増やす。第5ステップではインバウンドを視野に入れて、第6ステップでは海外からも来てもらえるように体制を整えます。最後の第7ステップは、月にも行けるようになることです。
旅行医になって実感する患者さんの人生にかかわることのできる喜び
起業して4年目ですね。これまでの3年間を振り返っていかがですか?
好きにやらせてもらっています(笑)。病院の中では見ることのできなかった患者さんの笑顔や、お墓に手を合わせて泣いている姿など感動することが多いです。旅行に同行すると、患者さんやそのご家族の考え方や人生の物語が見えてきますが、それが僕の特権だと思っていますし、自分にとって一番やりがいを感じられる瞬間ですね。
振り返ってみると、3年やって、やっと一周したという気持ちでいっぱいです。自分のやりたい医療を、お仕事としてやれるようになってきているのは楽しいですよ。
資金面のもどかしさはあるけれど、自分の信念を曲げないための資金調達方法を吟味
事業を進めていてぶつかった壁、大きな課題はありましたか? それをどのように乗り越えましたか?
会社を作ったことがなかったので、1m先も見えていないような状況からのスタートでした。特に苦労したのは、資金面です。絶対に人のためになる自信はありますし、TSGで賞をもらい、必要とされているビジネスなのだと信じていただけに、それに応える資金がないという理想と金銭面のギャップは苦しかったですね。期待していたよりも、スタートアップ企業向けの公的なサポートも少なかったですし。
旅行は費用がかかり、旅行を数回叶えるためにクラファンの金額を使い切ってしまうほどです。資金が底をついてしまったので、コロナ助成金をはじめ自分の貯金や母方の遺産や銀行からの借入もして、返せるのかと思うくらいのことをしてきました。
自分の思い描く理想を叶えるためにはお金が必要です。資金面については、まだまだもどかしさを感じているところはありますね。
VC(ベンチャーキャピタル)の利用は考えなかったのですか?
投資家の方と話している時に、金銭的なことだけでやり取りがされているのが、自分には合わないなと思ったので利用しませんでした。出資者としては、旅行者からお金を最大限取りたいと考えますよね。例えば、「回収できないのなら、子どもの旅行はやらない方がいい」というふうに。
売上はもちろん大事ですが、お金を理由に自分のやりたいことを投げ出したくなかったんですね。数千万円のお金のために自由にできないのなら、自分で借りるなどしてどうにかしようと思いました。
ステージが上がった段階で、VCからの調達は視野に入れたいと考えています。
自分自身にスイッチを入れるためにどのようなことをしていますか?
エリック・クラプトンの『チェンジ・ザ・ワールド』を聴いています。この曲は僕の人生の代名詞となっていて、実は、TSGのファイナルの前に聴いていたんですよ。今は初心を取り戻したり、やる気を高めたりする時に聴くことが多いですね。
400文字で語る夢は、文字数無制限のサクセスストーリーの始まり
今後、実現したい世界やビジョンについて教えてください。
これからは、チーム作りに取り組んでいこうと考えています。自分が全部やっていたところから、「トラベルドクター=伊藤の部分を変えて、どのように100年続く会社にしていくのか?」というのが次のチャレンジです。
これから起業を考えている方や、TSGへのエントリーを検討している方に向けてメッセージをお願いします!
おかしな夢だと笑われても、自分のやりたいことだったら挑戦してほしいですね。同僚に笑われた時は、「みんなが想像すらできないことを、僕はやろうとしているんだ」とワクワクしました。
自分の人生は自分のもので、他人に判断されるものではありません。僕は何か選択をする時に、「どちらの方が後悔しないか」という視点で考えています。トラベルドクターを立ち上げた時も同じでした。人生は1回きりですしやり直しがきかないのならなおさら、自分自身がどうしたいのかを大事にした方がいいと思います。
TSGに参加する前の自分は、叶えたいことが抽象的にしか表現できませんでした。しかしTSGでは、原稿用紙たった1枚分の400文字から自分の夢を語り始めることができます。そして何度も自分自身と向き合い続けて、予選を通過していくごとに、叶えたかった「夢」は必ず実現できる「未来」へと変わります。
最初の一歩を踏み出すためにも、ぜひ挑戦してみてください!
伊藤 玲哉さん
2019ファイナリスト 最優秀賞/トラベルドクター株式会社 代表取締役/医師
これまで医師として、多くの方の“最期の瞬間”に立ち会うことを経験。ある終末期患者さんの「旅行へ行きたい」という言葉をきっかけに、「医療×旅行=旅行医」を志す。 1人でも多くの願いを叶えるため、病気を抱えていても旅行ができる「医師のつくる旅行サポート会社」の設立を決意。病気で旅行を諦めていたすべての人が安心して安全に旅行ができる環境づくりを。旅行を処方できる医療を目指し、「旅行へ行きたい」を通じて「今を生きたい」人を応援している。
公式HP: https://travel-doctor.jp/